ニートの初新聞配達

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前回の記事ではパチスロニートの管理人が葛藤はあったものの、新聞配達住み込みを決意するところまで書いた。今回はニート状態の管理人の新聞配達初日。

引越しでクタクタだったので運んだダンボールを開かず、すぐ寝た。

 

翌日昼過ぎに販売店へ初出勤。13時前にはもう夕刊が店に到着してる。従業員がたけのこ状にしてカブに新聞を積んでいる。街中の販売店は夕刊の部数が多い。

(次に地方の販売所で配達したら夕刊の部数が少なくて驚いた)

 

最初に働いたこの店は40歳以上のオジサン達で構成されてる。20代の若者は管理人ともうひとりの専業T氏だけ。周囲の従業員にぎこちない挨拶をすませたあと眠そうな顔した主任にバイクのカギを渡され、カブの練習。バイクに関しては長年乗っているのですぐ慣れた。しかしマイカブは、錆びが目立ち、フゴフゴとフケも悪く、塗装もハゲていて、これからの新生活へのモチベーションを高めてくれる代物とはいえなかった。 「ニートの初新聞配達」の続きを読む…

パチスロニートから新聞配達住み込みへ

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新聞配達歴もそこまで長くないのに偉そうなことを書ていきたが管理人だが、配達員になる前は半ニート・プー太郎生活をしていた。少し自分のことを触れたい

 

働く前はパチンコ屋に入り浸るスロットニートだった

 

当時は人気漫画・アニメを題材にしたパチンコ・パチスロが大流行し、たった千円が数十万円の出玉を生む射幸性も極まって一大パチスロムーブメントがまきおこり、一攫千金を夢見る若者で早朝からパチ屋に長蛇の列ができていた。

 

管理人もその鉄火場に身を投じた一人であり、狂ったようにハマってしまった。

 

当時のAT機やストック機とよばれる4号機は、立ち回りを意識すれば低設定でも万単位で稼げた。規制の隙間をついて作られたこのパチスロ台は、大量のスロットニートや借金苦の若者を生み出し、後に規制されることになる。管理人も幸か不幸か数時間で数十万勝ってしまったことでこの魅力にとりつかれ、なまじ働かなくても食べていけるくらい稼ぐことができてしまったことで、どんどん泥沼にハマっていった。

 

数分ごとに夏目漱石が湯水のように消えていく金銭感覚が麻痺した日々

 

早朝から並んで閉店間際まで入り浸り、翌日はまだ朝も早いうちから並ぶ日々

 

パチ屋によっては開店直後の台取り合戦は修羅場だった。モーニングという朝一で大当たりが仕込んでいる店もあったのだ。大人達によるガチの椅子取りゲームである。メダル換算でいえば数千円が店内に落ちている感覚なのだ

 

早朝並んでいた時、新聞を入れている新聞配達員をよく見た。

 

あんな汗だくにならなくても稼げるのにな

 

そんな感じで斜に構えて眺めていた

はした金を掴むことで自分の存在まで大きくなったつもりでいたのだろうか?アホ丸出しである。若気の至りとはいえ一生懸命額に汗を流す人をバカにするように眺めていた自分を思い出すだけで殴りたくなるし、恥ずかしさでやるせなくなる。

 

まさか数年後自分がその新聞配達をやるとはおもわなかった 「パチスロニートから新聞配達住み込みへ」の続きを読む…